東京地方裁判所 昭和24年(行)86号 判決
原告 木田保太郎
被告 通商産業大臣
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「商工大臣稲垣平太郎が昭和二十四年三月十六日附商工省指令二四特許第一二号をもつてなした、特許第一〇七三〇八号の特許権存続期間延長出願に対する不許可の決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告は特許第一〇七三〇八号(堅坑を掘さくする方法)の特許権者で、昭和二十三年九月十六日商工大臣に対し特許権存続期間延長を出願したところ、昭和二十四年三月十六日附商工省指令二四特許第一二号をもつて、右出願に対し、本件特許にかかる発明が特許法施行令第一条にいう重要なる発明に該当しないとの理由で不許可の決定をなし右決定書は同年三月十九日原告に到達した。しかし、本件特許にかかる発明が客観的技術的に特に優秀なものであるのにかかわらず、これを重要でないと認定して不許可の決定をしたのは認定を誤つた違法の行為であるから、これが取消を求めるものである。」と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、「被告は、特許権存続期間延長の出願が、その実体において特許の出願と何等差別のない重要な権利関係の設定である点を無視し、単に特許法令の規定の表面にとらわれ、文言の末をあげつらつて全く行政庁の権限に委ねられた自由裁量行為であると断定し、存続期間延長の許否決定については違法の問題を生じないと主張している。しかし、行政庁の処分について自由裁量行為であるといい法規裁量行為であるというも程度の差であつて、その間に明瞭な区別があるものではなく、所謂自由裁量行為と目される行政行為であつても、もとより完全な意味の自由な行為ではなく、その裁量は客観的に適正なる事実の認定に基き、社会上容認さるべき通常の見解に立脚せねばならず、その認定を誤ればそれは直ちに違法の行為たるを免れないのである。特許法施行令第一条に規定する要件は、存続期間延長請求権の有無を決する基本的法律問題であり、右要件を具備するか否かは行政庁が自由に定め得るものではなく、その内容は客観的に一定しているものであり、具体的な場合におけるその認定は法の解釈の問題である。もし右要件にして完全に具有されている場合には行政庁は当然期間延長の許可を与うべきものでなければならない。何となれば、かゝる場合にも行政庁が勝手に出願を拒否しうるものとすれば特許法第四十三条第五項および同法施行令第一条の存在は全く無意味となるのみならず、一般法理論として、要件の認定の後に処分をなすとなさざるとの自由ありという見解は法治主義の徹底からいつて極めて妥当でなく、法の前に平等なるべしとする憲法の基本的要請に反する結果となり、その不当であることは論を俟たない。」と述べた。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「被告が原告主張のような特許権存続期間延長出願に対し不許可の決定をしたことは認めるが、その余の点は否認する。」と述べ、本案前の抗弁として、「特許権存続期間延長許否の決定処分は、次の理由により、行政庁の自由裁量行為に属し違法の問題を生じないのであるから、かゝる処分を違法なりとしてその取消を求める訴に対し、裁判所は裁判権を有するものではないから、原告の訴は却下さるべきものである。即ち、特許権は新規な発明をした者に与えられる私法上の財産権であり、法はその権利の行使について強力な独占権を与えて発明者の利益を保護し、もつて発明の奨励、産業技術の向上促進を企図している。
しかしながら、一旦特許権が与えられると、それは強力な私法上の独占的財産権となるのであるから社会一般はその発明の利用を著しく制限され、営業上活動上に不利益をこうむることになる。
特許権が無期限に存続するということであれば、相当の年月の経過によつて、当初新規であつた発明も新規でなくなり、社会一般の常識的知識となつているにも拘らず、なおこれを自由に利用することができないという結果を生じ、社会の受ける不利益は甚しく、かつ産業技術水準の向上を阻害し、特許権を認めた趣旨を没却するにいたるのである。
従つて、特許権の存続期間は、発明者の利益の保護による発明奨励という目的と社会一般の利益および産業技術の進歩という目的とが矛盾するにいたらない限度において、これを認めることが必要欠くべからざることである。特許法は右存続期間を画一的に十五年と定めている。このように特許権を確定期間をもつて消滅させることは特許制度そのものから出てくる必然の原則であるが性質および応用の相異る各種発明に対し、この原則で一律に律することが適当でないことがある。特殊な発明に対し与えられた特許権、例えばその発明が優れているが故に社会の一般的技術水準よりぬきんでていて、そのために十五年間では充分にその価値が認められず、社会的実用性を発揮しないままに存続期間が終了してしまうことも起りうるので、この場合にもひとしく十五年の期間でその特許権を消滅させることは、発明者に対しても極めて気の毒であるのみならず、ひいては発明への意欲を喪失させ、優れた発明の奨励という目的をも破壊することになる。そこで法は特許権の存続期間を例外的に延長できる制度を設けたのである。しかし、いうまでもなく、存続期間の延長は必然的に社会一般の利益を害するのであるから、発明者個人の利益と社会一般の利益とのバランスの上に立つて認めるべきである。換言すれば、社会一般の不利益を放置してまで延長を許すことが産業技術の進歩に貢献する所以であると判断される場合にのみ許される制度であると考えられるのである。法文よりこれを見るも、新規な工業的発明をなした者は、特許法において『特許ヲ受クルノ権利』を認められているが、存続期間の延長に関しては、特許法第四十三条第五項に『特許権ノ存続期間ハ政令ノ定ムル所ニ依リ三年以上十年以下之ヲ延長スルコトヲ得』と規定するのみで、何等存続期間延長をうくる権利を認めていないのである。従つて、特許法施行令第一条に『重要ナル発明ノ特許権者カ正当ノ事由ニ依リ其ノ特許権ノ存続期間内ニ其ノ発明ヨリ生スヘキ相当ノ利益ヲ得ルコト能ハザル場合ニ於テハ其ノ存続期間ノ延長ヲ出願スルコトヲ得』とあるのは、存続期間延長を出願する場合の要件を規定したに止り、右要件を具備したものは許可すべしというような、行政権を拘束するところの要件ではない故にこの要件を具備する場合においても、出願を許可するか否かは行政庁の自由であつて、行政庁は、延長の許否は産業上にも影響を与え、一般人の権利義務とも密接な関係があるから、政府の政策や経済の推移、国内外の通商産業政策を勘案した上で、一般人に不利益を与えても許可をよしとする場合にのみ許可すべきものである。以上要するに存続期間延長許可の決定は行政庁の自由裁量に属する問題であり、単に当不当の問題を生ずることあるのみで、違法の問題は生じないと解すべきである。」と述べた。
三、理 由
先ず、被告の主張する本案前の抗弁について考えるに、特許権存続期間延長出願に対する不許可決定処分が行政庁の自由裁量行為であることは後述する如くであるが、行政庁の行為が自由裁量行為に属するか否かの問題と、かゝる行為に対して裁判所が裁判権を有するか否かの問題とは、関連するところのない別箇の問題であり、行政庁の自由裁量に属する行為に関する事項といえども、これについて裁判所は裁判権を有するのであるから、本件特許権存続期間延長不許可の決定が行政庁の自由裁量に属する故に裁判所に裁判権がないという被告の主張は失当であり採用するに足りない。
次に請求の当否について判断するに、原告の請求は次に述べる理由により、その主張自体理由がないので棄却すべきである。
特許制度がわが国の産業技術の進歩向上を図るために新たな工業的発明をした者に特許権という独占権を伴う私法上の財産権を与えてこれを保護するものであることは異論のないところであろう。されば、特許制度の目的とするところは産業技術の進歩向上であつて、発明者の保護はその目的を達するがための手段といわねばならない。次に特許権の存続期間について考えるに特許権が独占権を伴う財産権であり、特許制度の目的とするところが右の如くである以上、特許権の存続期間が必然的に有期であるのは被告所論のとおりである。特許権を与えられる発明は多種多様であるから、個々の具体的発明に対し、それに相応する存続期間を設けることは立法論として、或は考慮されるところであろうが、わが特許法は、すべての特許権に対し、その存続期間を画一的に十五年と定めているので、ある種の発明に対し、その特許権を十五年で消滅させることは、特許制度の趣旨に反する結果となることもありうるので、そのために存続期間延長の制度が設けられていることも被告所論のとおりである。元来特許権の存続期間を如何なる範囲にきめるかは、発明者の保護という手段によりわが国の産業技術の進歩向上を図るという特許制度の趣旨よりして、国内および国外の経済事情海外の特許制度の実情等を考慮の上定むべき政策的のものであると解するのが相当であり、存続期間延長の制度もまた根本的には右の如き政策上の要請に基くものというべきである。
わが特許法は、新規な工業的発明をなした者に対し、「特許ヲ受クルノ権利」を明文を以て与えているが、特許法施行令第一条に規定する要件を備えた特許権者に対し、特許権存続期間延長を受くるの権利を与えたと見る条文はない。特許制度が発明者の保護ということを第一の主眼とするものならば、「特許ヲ受クル権利」に対応して、特許法第四十三条第五項は、同法施行令第一条に規定する要件を備えた特許権者に特許権存続期間延長を受くるの権利を与えた趣旨にも解されようが、特許制度が発明者の保護を主眼とせず、寧ろこれを手段として、産業技術の進歩向上を図るを目的とするものである以上、新規な工業的発明をした者が「特許ヲ受クルノ権利」を有するからとて直ちに前記要件を具備した特許権者が存続期間延長を受くる権利を有するとは解せられない。新規な工業的発明をした者に対し、法が「特許ヲ受クルノ権利」を認めたのは、ともかくかゝる発明者に対しては、右の如き権利を認めた方が産業技術の進歩向上の上から見て、政策的に得策だと考えたからにすぎない。
特許権存続期間の延長について、法が明文を以て延長を求める権利を認めず、延長の期間に重点を置いて規定している点、特許制度が発明者の保護を目的とするものでなく、産業技術の進歩向上を目的とする点、被告主張のように特許権が独占権を伴うため、第三者が必然的に不利益をこうむる点を綜合して考えるとき、法は特許法施行令第一条に規定する要件を備えた特許権者に対し存続期間延長を受くる権利を与えたものでなく、かゝる要件を具備した特許権者に対して、存続期間を延長するか否かは行政庁がその当時の産業経済その他の事情を考慮し自由にきめうるもので、たゞ延長を許可する場合、第三者に対し不利益を及ぼすことになるので、行政庁の恣意を防止するため特許法第四十三条第五項は延長期間に制限を設け、同法施行令第一条は延長を許可する場合の要件を定めたものと解するのが相当である。以上の如く、延長出願に対し、これを許可することは第三者の利益の侵害となるので行政庁は許可処分については法令の定める要件に基いてこれをなすべく拘束され、法令の要件に違反した許可処分に対し、第三者はこれが取消を裁判所に訴えうるが、特許権者はもともと存続期間の延長を受ける権利を有せず、たゞ行政庁の許可処分により始めて存続期間を延長されるにすぎず、従つて不許可の処分は特許権者の権利を侵害するものではないから、法令の定める要件を具備した特許権者の出願に対しても行政庁はこれを許可せざる自由を有するものというべきである。
しかして、行政庁の自由裁量に属する行為は裁量を誤つたがための当不当の問題は生ずるも違法の問題は生じないで、法の保障を使命とする裁判所としては、行政庁の裁量を尊重してこれが取消変更の裁判をなすべきものではない。
原告は、本件特許にかゝる発明が重要であるのに重要でないとした行政庁の判断は誤つたものであり、誤つた判断に基く不許可の決定は違法であるから、これが取消を求めると主張するのであるが、右の如きは単に行政庁の判断の当不当を主張するに止り、行政行為の違法を主張するものとは認められないので、主張自体理由がないというべく本訴請求は棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 菊地庚子三 田嶋重徳 小山俊彦)